届かないものが、希望を生むのかもしれない。

おはようございます〜!

昨夜は早めにエオインできたので、天道目当てでレベルキャップルーレットを遊んでおりました。

すると、「記憶幻想 アレクサンドリア」にヒットしたんですよ。

このタイミングでここに当たるなんて、いろいろ考えさせられるな〜と思いました。

なにせここは、NPCの声入りで、この世界がたどった変化が色濃く描かれているダンジョンです。

平和な時代から大戦に突入し、女王さまが亡くなったとされる出来事の後。
その記憶が保存されているという事実を希望として、人々があの厳しい状況を生き抜いてきた。

そういう歴史を、思い出させられる場所なんですよね。

正直なところ、アレクサンドリアの人々が持つ死生観は、わたし自身の感覚とあまりにも違いすぎて、共感は難しいです。

それでも。
希望と絶望のなかで、とても長い歳月を費やして育まれた死生観なら、闇雲に否定するものでもないな、とも感じます。

同じ状況に置かれたら、誰しも同じ道を辿ってしまうかもしれない。
だからこそ、共感できない思考でも、簡単には否定できない。

とくに、このダンジョンに登場するNPCたちの生き様を見ていると、そう思ってしまうのです。

とはいえ、その死生観を受け入れ続けた先に待っているのは、他者の命を奪うこと、ひいては自分の命も奪われること。共生なんてできるわけがない。超えてはならない一線を越えるなら、全力で阻むしかない。

……それでも、アレクサンドリアに当たるたび、彼らの言葉や生き方を見ていると、どうしても、胸の奥がざわついてしまいます。

そもそも、彼らの魂って、本当に「資源」として再利用できていたんでしょうか?

あらゆる手段で観測すれば、再利用できているように「見えた」のかもしれません。
でもその観測手段って、どこまで確かなんだろう?
魂の色が見えない人間が使っている方法って、どこまで信じていいの?

記憶を保管して「永久人」として存在させ、魂を資源として活用する——
アレクサンドリアの仕組みは、おそらく天才的な頭脳によって作られたものなんでしょう。

それでも、人間という存在には、絶対に越えられない壁があるんじゃないかと思ってしまうのです。

ほんの、0.0000……1%。
本当にちっぽけな、でも越えられない壁。

どんなに優秀な存在でも、どんなに思考を重ねても。
そこに到達できない「領域」が、世界にはあるんじゃないか。

むしろ、あってくれているんじゃないか——と、思ったりもします。

ほんのわずかで、本当にちっぽけで。
でも、絶対に届かない領域。

そういう場所があるからこそ、
人は希望を抱き、また絶望もして、世界を生きていくのかもしれません。

……それにしても、あの「魂の色」が見えるエメトセルクは、このアレクサンドリアの文化を見たとき、どう思ったんでしょうね。

ほんとうにもう。
エメトセルクの宿題って、いつだって一筋縄ではいかないですわよ!!

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