
エオルゼアとはぜんぜん関係のない話になりますが、今日は宮島に行ってきました。
いつもなら入れないところに入れていただいて、神職の方から直にお話をうかがったのですけれど、たくさんの知らない話を知りました。本当に本当に、知らない事柄がたくさんあって、手帳のメモ、10ページ以上、埋まったんです。うん、知らない世界の話を知っていく、って、楽しいですね!
どんな話をうかがったかと申しますと、んーと、ね。
ーーーー厳島神社は、とても弱い構造なんです。海の上に浮かぶ建築物ですから、ほかの場所にある神社以上に、水害に耐える構造になってますけれど、それは、しっかりとした土台を施したものではなく、どちらかといえば壊れやすい、という方面での構造みたいなんですね。例えば、神社の床板は、わざと外れやすい構造になってます。それは、より波の影響を受けにくい柱を守るためでもあります。横板が外れて流されていっても、柱さえ残っていれば、復元の速度は違ってくるでしょう?
地球の力がとても強くても絶対に負けない。そういうコンセプトでしっかりと組まれた構造の建物だったら、厳島神社はとっくになくなっていたかもしれません。けれど、地球の力となんとか折り合いをつけていこう、という、やや弱腰(?)なコンセプトだから、1000年以上も長く保ったのだ、というお話をうかがいました。
硬いものは長く保たない。けれど、やわらかいものだからこそ、永く保つことができる。
事実、現代でも厳島神社は幾度かの台風の被害を受けていますが、その台風が通過したあと、神職の皆さんは外れた床板などを集めます。そして集めた素材を使って、また厳島神社を再建します。それができる構造ですし、……また、国宝ですから。昔から伝わる素材を使用して再建しないと(使用素材○○%という基準があるらしい)、厳島神社は国宝ではいられなくなるそうです。うん、壊れても、完全な新築にはできないのですね。
ーーーーわたしの知らない世界の話、知識に、静かに感動しながら、隅っこで考えてました。
エオルゼアの世界だと、どうなってるのかしら? と。
あー……。とことん、ゲームオタク的思考でごめんなさい。

ただね。帰りの電車に揺られながら、ぼんやりしてる時に、気づいたのですよ。
エオルゼアは何度も、霊災に見舞われている。何度も破壊されて、けれど、何度も世界がよみがえっている。
ああ、ちょっと似てるなあ、って。
だから、ますます、エオルゼアの文化に興味が出てきたのですよ。
というか、うん、もっと前から気になってました。
エオルゼアでは、世界を破壊しかねない災厄が幾たびも起き、その災厄がおさまったら平和な期間がしばらく続く、んですっけ? それを聞いた時、わたしは思いました。そういう世界に生きるって、精神的にかなりしんどそうだなあ、って。
だってさ、世界滅亡レベルの厄災がいつ、どんなきっかけで起きるか、わからない、んだよね?? 世界そのものがそういう構造なら、安心ってどこなのさ? というやけっぱちになってもおかしくないような気もするんだけど、今までに登場したNPCたちを思い出してみると、そういう気配ってあまり見つからないんですよねえ。
追い詰められた蛮族、存在が、助けを求める対象として蛮神を喚ぶ。
あるいは、作り出す。
でもその追い詰める対象は、人間だったり、冷徹な社会構造だったり、理不尽な暴力だったりする。
シビアな現象が起きている、世界そのものじゃあ、ない。
例えばガレマール帝国という侵略者がいる。その脅威をもちろん感じているから、GCなどが結成されて都市同盟だって結ばれたのだと思うけど、でもそういう、世界レベルの霊災に対する恐怖をスルーされてる気もするんです。もちろん、暁の仲間たちはアシエンという存在を知って、いろいろに動いているけれど、フツーに生きている人たちって、アシエンなんて知らないじゃないですか。じゃあ、何を考えて、何を支えにして生きていってるの? それとも、もう、そんな世界が当たり前だし、毎日の生活は大変だから、普段、意識しないだけなの?
硬いものは長く保たない。やわらかいものだからこそ、永く保つ。
……だとしたら、もしかしたらエオルゼアに生きるかたがたの心は、なんとしても生き残らなければ、という硬い決意におおわれてるのではなくて、もっとやわらかな、そんな世界やけどええ感じで生きていこうやないか〜い、みたいな精神かもしれません。
ーーーーなどと考えながら、夕食の支度を済ませました。最後の仕上げとして、今、オーブンで、焼いているところ。その間にブログを書いてて、で、さっき、出来上がった音がしたから、とりあえず食べてきます!
うう、お腹が背中とくっついてしまうわ〜!!